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『人類進化の謎を解き明かす』

まったく新しいアプローチ

 

 私たちが笑うこと、歌うことに意味はあるのだろうか。またそうしたことが、もし人類の繁栄と少しでも関係があるのであれば、大変興味深いことであろう。本書は、従来の「骨と化石」といった証拠に頼る研究とはまったく異なる斬新なアプローチによって、人類の進化の謎を一挙に埋めようとする野心的な試みである。

 

社会脳と時間収支が、ヒトの進化の鍵

 本書が提唱する斬新なアプローチとは、「社会脳仮設」と「時間収支」モデルである。

「社会脳仮設」とは、社会的行動の複雑さや社会の規模と、脳(新皮質)の容量には相関があるとすることで、逆に言えば、新皮質の容量から、その集団の規模や認知能力を推測できるということである。「時間収支」モデルとは生きていくのに欠かせない「摂食・移動・休息」と、集団を維持するための「社交」を限られた時間のなかで、どうやりくり(配分)するかを指す。

この「社会脳仮設」と「時間収支」モデルを掛け合わせることによって、人類の認知や社会、コミュニケーションのありようを捉え、進化の段階を初めて統合的に展望できるようになる。

 

著者ロビン・ダンバー氏待望の第二弾

 本書は、「気のおけないつながりは150人まで」というダンバー数でおなじみ、ロビン・ダンバー氏待望の新刊である。前著『友達の数は何人?』から実に5年ぶりとなる本書は、人類進化の謎を「社会脳」と「時間収支」から解き明かす一冊である。ダンバー数とは、気のおけない仲間を維持できる上限は、ほぼ150人という指標のことで、まさに本書でも登場する「社会脳」仮設から生まれた考えである。この社会脳仮設(ダンバー数)は新石器時代の村落から、現代のソーシャル・ネットワークに至るまで当はまることが実証されている。では、「時間収支」モデルは何を解決してくれるのだろうか。

 

脳や体が大きくなれた理由=「笑い」の感染・エンドルフィン作用

 ヒトの初期において、脳や体の増大はなぜ可能になったのだろうか。

脳や体が大きくなるには、それだけ余分のエネルギーが必要であり、摂食・食べ物探しの時間を増やさなければならない。しかも、集団の規模も大きくなっているので、社交の時間を増やすことも求められる。当然、従来のライフスタイルのままでは、時間のやりくりは行き詰るだろう。

この問題の解決策としては、従来肉食や料理による食性の変化があったとする有力な説がある。しかし、当時はまだ肉食や料理に欠かせない火の使用が習慣的ではなかったなどの推察から、本書はこの説を退ける。また気候変動や道具の複雑さといったことも、脳の増大の主要因ではないとする。

筆者はこの時間収支の解決策のひとつとして、「笑い」の感染・エンドルフィン作用という興味深い説を展開する。

 

ヒトと類人猿の「笑い」

 ヒトと類人猿では笑い方に違いがあるそうだ。類人猿は一連の呼気/吸気の反復だが、人のそれは吸気のない一連の呼気である。この違いが何をもたらすかというと、類人猿は息を吐くごとにかならず息を吸うので、肺が空っぽになることがなく、横隔膜と胸壁筋にかかる圧力は最小限ですむ。これに対して、ヒトは笑うときに急速に息を連続して吐くため、疲れがたまって息をつぎたくなる。この胸壁筋にかかるストレスによって脳内にある物質が放出される。それがエンドルフィンだ。ヒトはこの「笑い」というツールで同時に3~4人を巻き込むことができる。これは、「毛づくろい」を用い、同じ恩恵を得ようとする、類人猿と比べれば効率の良さは歴然である。なぜなら、毛づくろいでは、その恩恵を受けるのは「毛づくろい」してもらう個体だけだからである。

ヒトは「笑い」の発明により、脳と体の成長に伴う、「時間収支」モデル上の困難を乗り越え、繁栄できたのである。

 

料理をすること、歌うこと

 これまで、料理と火を持ち出すまでもなく「進化の道のり」をたどってきた。これが重要なのは、さらに脳が大きくなるにはまだ料理という要素を今後にとっておける。

また歌うという要素も登場していない。歌は笑いと明らかにつながりがある。どちらもまったく同じ解剖学的および生理学的過程をもつ。それは呼吸の制御を必要とし、胸壁筋や横隔膜にとって大仕事で、エンドルフィン分泌に効果的なメカニズムである。また音楽活動には、明確な共時性があり、もちろん、これは全員のタイミングを合わせるリズムによっておもに得られる。近年、この共時性は分泌されるエンドルフィンを2倍に増やすということがわかっている。

これらの要因により、人類が増々繁栄したことは言うまでもない。

 

最後に

 人類であるとはなにを意味し、人類はいかにして誕生したのか。従来、このテーマはつねに考古学的記録の骨や石によって語られてきた。しかし、骨や石は、人類がたどってきたと思われる進化の道のりを物語るわけではない。私たちは、現生人類が誕生するにいたった、緩慢で不確かな社会的・認知的変化を知る必要がある。本書は、今日まで続く私たち「人間」とその社会の核心とは何かを改めて教えてくれるはずである。

 

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