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『新・観光立国論』

「おもてなし」を世界へアピールすることに成功し、2020年東京オリンピックの開催が決定した。これにより日本の観光業はよりいっそう発展し、日本の経済は回復する。そう思っている人も多いはずだ。これに対し著者は、多くの日本人の観光への勘違いが東京オリンピック開催日を皮切りに、外国人観光客の失望を招くだろうと指摘する。では私たちの勘違いとは一体なんであろうか。

 

私たちの観光ビジネスの最大の勘違い、そのことを象徴する一文として、本書では星野リゾートのホームページの一文を引用する。

"観光大国の3条件である「国の知名度」「交通アクセス」「治安のよさ」という条件を十分に備えている日本の観光産業は、今後ますますその規模を拡大していくでしょう。"

著者はこの3条件に関しては「ないよりもあったほうがよい」程度で観光大国を目指すうえでの絶対条件ではないと断言する。事実タイなどでは、外国人観光客をターゲットにしたぼったくりが多発し、クーデターが起きるなど政情不安があり、お世辞にも「治安がよい」とは言えないが、日本の2倍の数の観光客数を獲得する「観光立国」である。またペルーにあるマチュ・ピチュは、不便であるけれども年間40万人以上の観光客が訪れている。要するに、見たいものや体験したいものがあれば、多少治安が悪くても、交通アクセスが悪くても、外国人観光客はやってくるのだ。このような勘違いがあるために、これまで日本の観光ビジネスでは誤ったアピールがなされてきたのである。

 

ではどのような「おもてなし」が外国人観光客を満足させるのだろうか。著者は日本の「おもてなし」はゴールデンウィークのような大型連休に代表されるように、とにかく多くの観光客を一か所にわっと集めて、少ない労力でいかにさばくかという効率性重視が根底になってしまっているのが問題と指摘する。例えば、1分1秒間違えることのない正確さで運行する日本の電車も、どちらかというと通勤のビジネスマン向けに進化したものであって、外国人観光客には殺人的な通勤ラッシュというマイナスイメージが強い。また交通機関で使用するSuicaPASMOも外国人が使用するのは厳しく、これも自国民向けのサービスでしかない。現在のような「多くの自国民をさばく観光」ではなく、「価値観の異なる様々な人たちにお金を落としてもらう観光」へと大きく発想を転換しなければ、外国人観光客を満足させることはできない。しっかりと外国人観光客が何を求めているのか、何を望んでいるのかを理解したうえで、数字・ロジック・ファクトを駆使した「おもてなし」をする必要がある。

 

ではなぜここまでして外国人観光客を招かなくてはならないのか。それは今の日本において高度経済成長期のような経済成長を遂げるには人口を増やすことが一番であるからである。しかし未婚の男女が増えていて出生率が下がっている日本においては、人口を増やすとなると答えは自ずと限られてくる。1つは移民政策であるが、これは容易に受け入れられる政策ではない。そこで著者が提案するのは、外国人観光客という「短期移民」を増やすというものである。仮に先述した外国人観光客に対する勘違いを正し、しっかりとした「おもてなし」が実現すれば、著者は2020年までには5000万人は達成できると断言する。これは現在政府が掲げている「2020年までに訪日外国人観光客2000万人」の倍以上の数である。またこの調子で2020年の東京オリンピック開催を迎えるとなると、2030年までに8200万人を招致することも不可能ではない。そうなれば日本の経済は華々しい成長を遂げることは間違いないだろう。外国人観光客を多く招くことが少子高齢化する日本の経済を支えるのである。

 

本書の著者はイギリス生まれのアナリストである。アナリストというのは投資家のために企業の正確な姿を浮き彫りにするような分析を行う仕事のことを言う。アナリストである著者はかれこれ25年間「日本経済の分析」に時間を費やし、今では小西美術工藝社の代表として日本の伝統文化財をめぐる行政や業界の改革への提言を続けている。本書はアナリストという職業柄、数字・ロジック・ファクトにより日本の観光業を分析し、日本人には耳の痛い内容である。しかし真摯に耳を傾けられるのは、著者の日本に対する深い愛が感じられる内容であるからなのだろう。

 

著者のしっかりとした数字、データによる分析・解釈は、今の日本の観光業がいかに精神論でまかり通っているかがわかる。この点は著者の他の著書でも論じられている。例えば、「日本の会議の中身のなさに驚いた」「日本の経営者にはサイエンスが足りない」など。もちろん、相手の感情を害さないよう「空気を読む」日本の精神にも素晴らしいところはたくさんあるが、私たちは外国人観光客が真に求めていることに耳を傾けることから始めなければならない。耳の痛くなる内容もあるかもしれないが、まずは著者の主張を受け入れることから始めてはどうだろうか。