『教養としての社会保障』

 

社会保障と聞いて何を思い浮かべるだろう。

 

企業に勤める私が、社会保障と聞いて、まず思い浮かべるのは、毎月の給与明細に記されている健康保険料や厚生年金保険料といったところだろうか。しかし、この国の社会保障が置かれている状態や、制度自体のしくみがどうなっているのか、またそもそもの社会保障制度の全体像はどうなっているのかという話になると、抽象的で話が大き過ぎてもうほとんどお手上げ状態である。

そんな複雑至極とも呼べる社会保障の全体像を、「一般教養」として体系的に理解できるよう、わかりやすく解説したものが本書だ。

 

少子高齢化が進む日本で、「年金は破綻する」といった論調を筆頭に社会保障の持続可能性について不安を持つ人々が増えている。また巷には社会保障に関する書籍も多く、中にはトンデモ本も数多くあるが、そんな中、本書は、元厚生労働省の官僚であり「社会保障・税一体改革」をとりまとめた経歴を持つ、まさに社会保障のプロフェッショナルとも呼べる著者により書き上げられた力作である。

お役人さんが書いた文章は硬くてわかりずらいのではといった疑問も、本書は、論旨も文章も明快でわかりやすく、説明を裏付ける図表やデータも豊富で公平かつ客観的で、高校生(または中学生)でも読みやすいものとなっている。

 

例えば、少子高齢化が進み、高齢層を支える現役層が減って年金は大丈夫なの?といった疑問に対して、本書では、“日本国が潰れない限り公的年金制度は潰れません”と述べ(年金制度が潰れないからと言って、年金給付開始の年齢が上がったり、給付額が目減りしてしまうのは避けられないが)、また現在企業に雇用される被用者の三分の一を占める非正規労働者への社会保険の適用拡大に関しても、“非正規労働者を被用者保険の適用外としているということは、「格差をなくそう」としている社会保障制度が格差を再生産しているということですから、洒落にもなりません”といった調子に、明瞭な著者の言葉はなんとも小気味よく、読者を納得させてくれる。

 

さらに、人手不足に喘ぐ医療介護産業にも目を向け、特に世界の中でもトップレベルと評される日本の医療は、医師や看護師などの医療従事者の長時間労働に支えられていると嘆く。よく病院での待ち時間の長さが問題視されるが、福祉国家と言われているスウェーデンでさえ、複雑な受付手順を経て専門医の診察を受けるのに90日以上待たされることもあり、この「待機」が社会問題となった。これについて本書では、「個別医療機関によるマンツーマン・ディフェンスから地域の医療機関全体でのゾーン・ディフェンスへ」といった政策提言をおこなっている。

 

本書の冒頭において、“デフレで給与も上がらないのに、高齢化で毎年医療費は増えていて健康保険料もどんどん上がっている。ほんとにこれで将来の医療は大丈夫なの?…子供が生まれたら仕事続けられないんじゃそもそも子どもなんて増えないよ。なんでもっと保育所つくらないの?…”といったもっともな疑問が挙げられている。しかし、その答えを見つけ出すには、本書で著者が述べるように、社会保障がこの国の経済や財政、さらに言えば政治とどんな関わりを持っているのかを知ることが必要になってくる。社会保障は日本で暮らすすべての人に関係する制度であるからこそ、本書は、現代の日本人必読の書と呼べるだろう。

 

 

 

教養としての社会保障

教養としての社会保障